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カテゴリー「働くということ」の記事

2017年6月 9日 (金)

適職診断があったなら

「向いている仕事が分かるようなテストありませんか」という質問を、ご相談にいらした方とか会社の人材開発部門の方から聞かれることがあります。
あると便利そうですね。でも、きっと役に立つ場面は限られるかも。

便利そう、という意味では、自分の知らなかった仕事に目を向けられるという点があります。
しかも、「これって、あなたに向いていますよ」と言われると、なんだかそんな感じがしそうです。
ある種のプラセボ効果ともいえるでしょう。

でも、「・・・え? なんですかその仕事? う~んそんなんじゃなくて」といって、自分の知っている範囲の仕事の中で、向いている仕事を出してほしい、というスタンスで臨まれると、いい結果にはならないです。
突飛なものを言われてもなかなかその気にはならなかったりしますからね。

例えば初生雛鑑別師。あなた向いていますよ、といわれて「わーい」という人ってどのくらいいるでしょうか?
私はやってみたいです。初生雛鑑別師。でも1カ月だけくらいしか持たないかもしれないけど。
飽きっぽいので。

初生雛鑑別士というのはひよこの雄と雌を見分ける人です。
名前に「師」がつくとおり、とても高度な知識と技術が求められる仕事です。
かなり難しいらしく、国家資格であります。
報酬はこのサイトによると年収500万円から600万円。
海外でのお仕事もある模様。

手に職をつけて、グローバルに活躍したい!! そう言う方には向いているお仕事かもしれません。でも、この仕事を目にしたり、あるいはこの仕事をしている人に出会う確率というのは低そうです。その意味で、適職診断か何かがきっかけとなって知るところとなって、よし! やってみよう!! ということもあるでしょう。
でも、そんな素直な人ばかりではなく、知らないものには尻込みする人にとっては、「なんだか、適職診断ってあてにならないなぁ」という印象を残すだけになりそうです。

ましてや、占いみたいに、当たるか当たらないか分からないけれどやってみよう。というのはよした方が良さそうです。
だって、これ、当たるというのは元々自分が思っていた範囲の中ということですし、当たらないというのは想定外か、これはないなと思っているものが結果として現れているということになっていることが多いです。これって、やる前から分かっていることではありませんか・・・

ツールがあるだけではダメで、それをどう活かすか、どうサポートするかが大切ということですね。

2016年4月 1日 (金)

同一労働同一賃金が生き方働き方を変える?~転職

今回は、同一労働同一賃金を考える時、長期雇用を前提とするかどうかでその賛否は分かれそう、という話です。

日本の多くの会社の賃金制度は、電産型賃金体系に類似しているのではないでしょうか?
(電産型賃金体系についてはこちら)
創設の時のいろいろな経緯はあるものの、ある程度の生活を保障する「生活給」という考え方に大きな特色があり、その考え方はかなり広く敷衍していて、「給与生活者」にとっては当たり前、前提となっているのではないでしょうか?
生活給を長い期間を想定して(言い換えれば長期雇用を前提として)考えると、やがて結婚し、子どもが生まれ、家を持ち・・・ということを前提とするので、漸増していくことになります。こうして右肩上がりの「賃金カーブ」が登場します。おなじみの右肩上がりです。

電産型賃金が登場した背景をいろいろと見てみると、生活給なので職務に関係なく年齢や家族構成で給与の7割弱が決まっていくことが、労働者の生活を安定させるために重要だったようです。しかも、電産つまり日本電気産業労働組合は企業内組合ではなく、いくつかの配電会社の労働者で結成された職業別組合だったので、企業間でも同水準であることを前提とします。生活給という属人的な給与決定方式ながら(というかであるが故に)会社を変わっても同じくらいの水準が期待できるというものだったわけです。
しかし企業により支払能力は異なりますから、実際の支払水準はことなります。現状、電産型賃金体系に近い制度を採っていて、右肩上がりの賃金カーブとなっていても、会社によってその下限と上限、傾きはことなります。とすると、転職した際に、年齢を基準にするといってもそのままストレートに同じくらいの金額とはならないわけです。
結果的に、電産型賃金体系は労働移動に備えることはできなかったということでもあります。

一方で、生活給ではない部分は評価の累積や役職で決まっています。転職すると、この部分、つまりその会社で習熟したと想定されるところ(平たくいうとその会社での経験)が乏しいので、その分賃金が安くなることも想定されます。とすると、さらに労働移動はしづらくなります。
日本の昇給システムって、小さな昇給を小刻みに繰り返すことで、いつでも「逆転できるかもしれない」と思わせるところに、従業員にずっと競って頑張らせるような妙味があるので、転職で差がついてしまうと取り戻せないことになりますから、さらに労働移動はマイナスということになります。
こうして結局ずっと同じ会社に勤めることが働いている人にとって有理に働くように電産型賃金体系は寄与しているといえるのではないでしょうか?

とすると、できるだけその会社にいた方がよいということになります。
なので、多少の無理難題はあっても我慢我慢、ということになります。
サービス残業や風呂敷残業があったとしても、他社に行くよりはよいとうことになります。
このことも長時間労働が減らないことの要因の一つになっているのではないでしょうか?

そして、もしこの約束がなくなったら?
長く居られるわけではない、ということになったらどうでしょうか? 将来賃金が上がるはずだから今はそこそこでいいや、という考えにはならないでしょう。残業についても、サービス残業や風呂敷残業というのは避けたいところではないでしょうか?
そして長く居たからといって生活と合わせて上がるとは限りませんということになったらどうでしょうか?
そうした意味で、現状の電産型賃金体系に近い、かといってそれそのものではない賃金体系に親しんだ人から見れば同一労働同一賃金は困りものでしょう。
でも、約束の少なくとも一つ、長く居られるかどうかについては非常に厳しい状況ですが・・・

2016年3月31日 (木)

同一労働同一賃金が生き方働き方を変える?~例えばキャリア段位制

厚生労働省の新着情報配信サービスから流れてきた情報
「介護プロフェッショナル キャリア段位制度の在り方に関する検討会における議論の取りまとめ」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000118809.html

キャリア段位制度は内閣府が主導して構築したもので、実践的な職業能力の評価・認定を行う制度です。新成長戦略の中のひとつで、成長分野における人材育成を進めることにより、労働移動を促そうというのが狙い。
「これまでのような『肩書き社会』ではなく、『 キ ャ リ ア』・『 能力』がより評価される社会の実現を目指した制度」と銘打っていて、あくまでもその人の能力(実力)を示すものという意味で「段位」という呼称を使っているようです(親しみやすくしようと思ったんでしょうけれど、逆に分かりづらいような)
今のところ、①介護プロフェッショ ナル、②カーボンマネジャー 、③食の6次産業化プロデューサー-の3種類があります。
先の議論はこの中の介護プロフェッショナルに関するもの。
「一億総活躍社会」構想の中で「介護離職ゼロ」が謳われていますが、これに大きく関連するところでもあります。

介護プロフェッショナルの段位については
https://careprofessional.org/careproweb/jsp/
に詳しいので、これを見ていただくとして
働く人にとっては、段位が上がるということは、仕事の質も上がっているということなのだから、是非とも賃金も上がって欲しい、ということになろうかと思います
このキャリア段位制度が登場する前に「キャリアラダーとは何か―アメリカにおける地域と企業の戦略転換」という本が出版されています。 
米国で推進された、低賃金に甘んじなければならなくなった人たちが、学習し、能力を獲得することで、より上位の職務に就くことができるようにしていくためのラダー(はしご)を作ろうという取り組みを紹介したもので、まさに介護職も取り上げられています。
前にもご紹介しましたが、米国は基本的に職務給(同一労働同一賃金)なので、賃金を上げていくにはより賃金の高い職務へと移動していくことが不可欠なのです。
そしてその移動は、多くの場合日本のような「異動」(人事異動)ではなく、「移動」(転職)であることがほとんどです。先の本の取り組みは、それを組織内でやっていくことは出来ないだろうかというもので、日本人的には「当たり前じゃないの?」なのですが、そういった事情ですので、米国では当たり前ではないわけです(そもそもそういう教育をなぜ会社がやらねばならないの? という考え方もあの国にはあるらしいです・・・)。
これとキャリア段位制度が同じ、とはもうしませんが(でも参考にしているのではないかなぁ・・・)、そうだとすれば段位が上がるということが賃金に結びつくという発想があろうかと思います。
そもそもキャリア段位制度の趣旨が「労働移動を促す」というところにあるので、一定の段位であれば、転職をしてもその賃金水準は保たれるであろうということを期待するのは当然のことでしょう。
こうした体制が整うと、段位をあげていくということについて、動機付けを図っていく方策となることは見込めます。

とはいえ、本稿のテーマである同一労働同一賃金という観点でいえば、段位が上がっただけでは賃金も上げるというわけにはいかないということになります。
だって、職務内容が同じということであれば、同一賃金ですから。
もちろん、
段位が上がる → そうした実力がある → 難易度の高い仕事(職務)を任せても大丈夫 → 難易度の高い仕事(職務)を任せる → 職務が変わる
ということにはなるはずなので、「きっと賃金は上がりますよ」とはいえます

そんな曖昧なことだとキャリア段位をとろうとする人は少ないのではないか? そうでなくても忙しいのに・・・。いっそ賃金水準に結びつけることを義務化すべきだ、という意見もあるかもしれません。
でもそうすると、キャリア段位を持つ人の方が就職しづらくなるという可能性も出てきます。資格ではないので、それがなくても仕事ができるのであれば、より人件費の安い方を選びたくなるのが経営サイドの思いです。特に介護の領域では、出してあげたいけれど入ってくる金額が決まっているので・・・という面もありますから。
「では、それを法律で義務づければ?」という発想もあるかもしれません。でもそうなると国家統制型の社会ということになってきますねぇ。

冒頭のとりまとめの中でもこの辺りのことは微妙な書きっぷり・・・

2016年3月30日 (水)

同一労働同一賃金が働き方、生き方を変える?~ゾーン方式

同一労働同一賃金というと、ふつうは職務分析をして仕事の内容をきちんと改め、それに応じた賃金を設定するということになります。
同一労働同一賃金を厳格にいうなら、同一職務である以上、賃金も同じということになります。

しかし、実際には職務を上手に遂行する人もいれば、今ひとつな方もいらっしゃいます。それが同じというのでは、やっている本人からすると割り切れなかったりしますし、経営サイドもできるだけ頑張ってもらいたいと思うので、インセンティブを導入しようとします。

インセンティブとして「賞与」という短期報奨制度で対応することができます。もっと短期な報奨金制度という方法もあります。
こうした短期報奨制度は、その時の実情に合わせて上下させやすいという性質を持っています。言い換えると、減額することも出来るので、増額もしやすいということです。基本給は減額しづらいのに比べると大きな違いです。
短期報奨制度をうまく使えば、基本給ベースでは同一労働同一賃金に出来るだけ近づけることが出来ます。

でも、働く方からすると、賞与は当てになりません。自分の頑張りだけで決まるものではないからです。会社の業績が悪ければでないということがあるわけです。
とすれば、基本給が上がっていくという方が良いということになります。

これに対処する方法として、同一賃金ではなく、同一賃金帯(ゾーン)を設定します。つまり、時給換算して700円から800円の範囲というように設定するわけです。最初は700円から始まるけれど、習熟するほど上がっていきます、ただし、上限は800円ね、という考え方です。米国の職務給は、以前はシングルレート、つまり同一職務であれば賃金は同じだったのですが、後にこのようなゾーン方式になったと聞いています。
この方式、正社員ではあまりとられてはいませんが、非正規社員では一般的な方法なのではないでしょうか? 

漏れ聞こえてくる同一労働同一賃金の話は「習熟」を反映させるようなお話ですから、こうしたゾーン性になるのではないかと推測されます。

非正規雇用の方にとっては一般的であっても、「正社員」として慣れた方にとっては「上限があるのか!!」という点が受け容れづらいところかと思います。
ゾーン設定してあれば年功的にはならない分、年齢に応じて増えてはいかないという面では将来の見込みが立たないことになります。そのことがもしかすると、少子化を促進することになるかもしれません。
とはいえ、将来の見込みという意味では、職務に応じた賃金ではあるので、「今のままだとこのくらいの報酬」という意味での予測は成り立ちます。つまり、「かつての高度成長期のような会社員生活」という見込みが立たないということだけです。
自動的に年齢に応じて賃金が上がっていくことがなくなるのですから、自分でどうやって引き上げていくかを考えていかないといけないということになります。つまり、自分で常に今後のキャリア開発を考えておかなければならないということです。
当たり前といえば当たり前なのですけれど、これまではそうではなかったので、意識を変える必要が出てきます(もちろん、これを支援するキャリア・コンサルタントはなおのことです)

2016年3月23日 (水)

同一労働同一賃金が働き方、生き方を変える?~退職金

同一労働同一賃金が、ますます現実味を帯びてきましたね

今日は退職金制度

退職金制度、概ねどこの会社にもありますが、どういう意味に捉えているのでしょうか
そんなものあって当たり前でしょう? というご意見も多いかもしれませんが、先日の記事でさらっと書いたとおり、同一労働同一賃金を厳格にいうのであれば、同じ仕事をしているのに、退職金がある人とない人がいるというのは、公正ではないといえないでしょうか?

ところで退職金制度ってなんでしょう?
これがあると辞めた後の生活保障となるからいいよね、とはいうものの、会社がなくなってしまうとその辺り怪しくなります。きちんと外部留保しておいてくれるとよいのですが、制度はあるものの、その原資を手当てしていなくて、実際には払えなくなってしまったということにもなりかねません。
退職給与引当金という科目に一定比率の原資を準備(引き当て)しておくことができますが、その比率は圧縮されてしまいました。引き当てるというのはその年の「人件費」として費用計上することも出来たので、経営サイドにもメリットがあったのですが、内部留保とはいうもののキャッシュ、あるいはそれに近い形で確保しているわけではないので、経営の実態が見えづらいということで、会計の国際化(というよりは欧米化)のなかで圧縮されたのです

外部に積み立てた方が良いだろうということで、企業年金として外部留保が促進されましたが、いくら払うかを規定で決めておく確定給付型であったので、将来に向けた運用不足がバブル崩壊を契機に表面化しました。これを契機に、給付ではなく毎年の拠出額を定めておく確定拠出型へと変化し、しかもその運用の責任を会社主導ではなく、個人に任せてしまえということで確定拠出型年金制度へと移行しつつあります(とてもおおざっぱに端折ってい説明しています (ToT) )

確定拠出型なら正社員も非正規社員も対象とできそうです。
ただ、拠出額を決定するときに「勤続」要素が入っていることが多いので、ここが課題になりそうです。なぜなら、非正規社員の方はおしなべて勤続は短くなりがちですし、長期雇用を保障しなくて良いところにそのメリットがあると企業サイドは感じているからです。
では、勤続要素をなくせばいいんじゃないの? ということになります。
しかし、退職金制度は元々、「会社に長く勤めてね」という趣旨で導入されています。だからこそ、長く勤めるほど金額が多くなるように設計されているのです。
とすれば、勤続要素をなくすというのは相反することになってしまいます。
そもそも確定拠出型年金のメリットの一つは、会社を変わっても引きつづき運用できるというポータビリティの良さにあります。勤続要素もなくしてしまうと、退職金制度の意味は益々無くなってしまうことになります

とすれば、退職金制度は無くてもよい、ということにもなりかねません。払ってしまえばいいのですから(というか、確定拠出型って毎年払っているようなもんなんですけどね)
でも、厚生労働省の方々は退職金の廃止は避けたいのではないでしょうか? 65歳まで積み立てざるを得ない、途中で解約できない確定拠出型年金は第3の年金です。これがない人が増えてしまうと退職後の生活費が不足することになり、社会保障費が増えることになってしまいますから・・・

2016年3月15日 (火)

同一労働同一賃金が働き方、生き方を変える?~ところで何が同一?

同一労働同一賃金を考えるときに、忘れてはならないのは、何をもって同一というのか、ということでしょう。

同一労働というのは「同じ仕事」ということでしょう。
しかし、この同じというのはどこからどこまでの範囲なんでしょう?
同じ正社員であっても、例えば、職務の内容が見かけ上同じでも、職場が異なると、その内容が少し異なることがあります。
例えば営業。ある主要な支店では人が十分にいることもあって、営業の社員は商品を紹介して契約を取ってくるところまででよいのに、小さな拠点ではある程度カバーし合わないと仕事が回っていかないので、納品に立ち会ったり、なかには代金の回収(といっても入金が遅れている場合に、督促するくらいだったりしますが)まで責任の範囲になることがあります。これって、営業と一口に言っていいのでしょうか? 同一労働といっていいのでしょうか?
これまでは、「社員なんだから、そこら辺は臨機応変にやってよ」ということで済ませることも出来たのですけれど。
同じ拠点で正社員と非正規社員の場合はどうなるのでしょう? 非正規社員の場合は職務を限定しているので正社員とは違うのだ、ということで納品の立ち会いや代金回収まではやらなくていい、ということにすれば同一労働ではない、と言っていいのか?
納品や代金回収ならちょくちょくありそうですけれど、あまりない業務だったら?
 
非正規社員の方が派遣社員だったりすると、もともと派遣契約の中に入っていないとやってもらうわけにはいかなくなってしまいます。そうすると必然的に職務範囲に差があることになりますから、同一労働ではないことになり、同じ「営業職」なんだけれど、同一労働ではないので同一賃金でる必要はない、ということになります。
なんだか細かい話が出てきます。
 
細かくなるから同一労働同一賃金がよくないというわけではありません。正社員の方からすれば、「正社員なんだから」ということで、本来は担当職務ではないようなことも引き受けてやっている(やらされている)という面もあります。それが長時間労働に結びついていることも少なくありません。その意味では同一労働同一賃金はサービス残業をなくす一つのきっかけにもなります。
 
 
同一賃金の方も一筋縄ではいかないです
時給換算で同一なのでしょうか? 月給ベースでよいのでしょうか?
話をややこしくするようですが、基本給の中の勤続給や年齢給といった項目はどうしましょうか?
これらはもともと、労働の内容には関係ありません。
厳格に同一労働同一賃金というのなら、こうした項目は矛盾したことになります。
そもそも評価による格差は?

福利厚生はどうしましょう? 社員食堂などの利用について正規社員と非正規社員の間で差を付けないように、とパートタイム労働法には記述されていますが、賞与や退職金などはどうするのでしょう? 社宅の利用は? 細かいですが、研修に派遣するのも広い意味では人件費なのですけれど、そうしたものはどうしましょう?
 
最近いわれ始めた同一労働同一賃金はなんと、その中に「勤続要素」をいれるという話があります。それって、同一勤続年数同一賃金ということなんですけど・・・
 
この「同一」ということ。まだまだ話題は尽きません

2016年3月12日 (土)

同一労働同一賃金が働き方、生き方を変える?~新卒一括採用は?

最近、クローズアップされている同一労働同一賃金
運用しだいでは、日本人の働き方はもとより生き方を変える可能性があります
いい形になれば、過労死などの社会問題がなくなっていくかもしれません
逆に実態に合わない、変な形になれば、より一層、いきづらい世の中になってしまいます
どうだったらいいのか、
他人任せにせず、ひとりひとりがそれを考えることが大切ですし
考えることそのものが働き方、生き方の変革を促すことにもなるでしょう
キャリア開発を支援する人ならなおさら!!
 
というわけで、気掛かりなこと、考えてみておきたいことをメモ代わりに書いておきたいと思います。
十分な検証を得たわけではなく、推測、思い込みが含まれていますが。
「そんなことはないだろう」「そうは思わないけどなぁ」を含めて、考えるネタになれば幸いです

で、初回は新卒一括採用これについてはいろいろとさまざまな要因が絡んでいるので、簡単な話ではありませんから、何度か取り上げるかもしれません
 
取りあえずいえるのは、新卒一括採用がなくなるだろうなぁということ。
同一労働同一賃金は正規社員と、パートさんやアルバイトさんのような非正規社員との賃金格差をなくすという文脈で語られますが、これは「年齢」を考慮しないということ(本当に同一労働同一賃金にするなら、「勤続」についても考慮しないはずなんですけれど、今、どうやら勤続については考慮の対象になっているふうなので、ここでは外しておきます。そもそも同一労働同一賃金という時、同一とする対象がなんなのかについても議論しておかないといけないんですけどね)。
年齢を考慮しないということは、大学卒新入社員と経験のルパートさんアルバイトさんが同じ仕事をしているのであれば同じ賃金(時給ベースで)ということになります。
 
現状では、新卒>パートさん、ということもあれば、新卒<パートさんということもあります。
 
新卒>パートさんとなっているところは、多くの場合、その差の理由を「社員として育成の対象だから。転勤や職種変更もあるので」ということを理由にしているはずです。同一労働同一賃金だとこの理屈は使えなくなりそうです。
ただ、会社にしてみれば、新卒採用という場面で他社に負けないためにこうしているだけで、世の中が「そこは一緒にしようよ」ということになれば、新卒社員は将来の見込みがあるとはいえ、全員がそうであるわけでもないですし、そもそも初心なのですから、パートさんに合わせていきたくなるはずです。
そうすると、単に「初任時給」(パートさんアルバイトさんを採用するときの時給)の問題ということになってきます。ここで問題になるのは他社に初任時給で負けない、ということ。こうなってくると、普通のパートさん、アルバイトさんと変わらないことになってきますから、「そもそも新卒じゃないとだめなんだっけ?」ということにも行き着きそうです。
むしろ、学生アルバイトの時から抱え込んでおいた方が良いです。文字通りの即戦力です。
となると、重要なのはパートさんアルバイトさんから社員に転換する仕組み。
社員になるということにどんなメリットを持たせるのか?
そもそも社員にする必要があるのか? 
働き手も、そもそ社員になる必要があるのか?
そして、社員でなくなることも考えないといけないかもしれませんね・・・
ここらあたりが整理されてくると、将来どうなるか分からない、未経験な新卒を、「一括」採用することって、リスクを抱えるだけのことになりはしないでしょうか?
 
逆に新卒<パートさんの場合はどうでしょう?
この場合、出来る人には高い時給を払っても良い、という考えでやっていると考えられます
既に同一労働同一賃金に近い運用になっていることが推測されます(パートさんの勤続が長いから高いという場合は別)。新卒を採用するのは、今後育成する人材の確保、ということが主眼と考えられますから、「一括採用」ではなくても良くなります。
新卒採用をするにしても、今のような、見かけは全員にチャンスがあるように見せかけて、実はそうではないというダブルスタンダードな「一括採用」というシステムに乗る必要はなく、都度採用する方が効率的なのではないでしょうか?
 
企業にとって、膨大な時間とコストをかけて「一括採用」をする意味って、どうなんでしょうねぇ?

2015年1月 8日 (木)

キャリア開発の教科書~雑感

美術の教科書がずいぶんとよいものになっているらしい
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141228/275707/?P=1

そういわれてみれば、学生の頃、美術の教科書なんて開いたこともなかったし、確か書いてあったのは美術史のことか、あるいは「作り方」に関することだったような。
教わる内容も、「こういうものを使ってこんなことをするからね」というのが決まっているからやっている、消化している、という感じだったような。楽しかったから、それはそれでいいんだけれど、なんだか何も残っていないような気がする。

最近は「キャリア」についても学校で学習することになっている。
ということは教科書が必要なのだろうけれど、少なくとも、キャリア開発の教科書は、キャリア発達の理論だ、価値観・興味の分析だ、職業適性だ、社会人としての能力だ-というところから始まるものではない、と思いますよ。
それはキャリアカウンセラーが知っておけばよい話だし、学習するにしても後の方。

最初に知っておきたい事って、やはり「働く」って、どういうことなんだろう? ではないでしょうか?
働かねばならない、という教育をする必要は無いと思うんですよ。
ただ、働くって、どういうことかをいろんな角度から考えてみたいわけですよ。その上で、どう捉えるかはその人が決めればいいことなんだから。
そしてもう一つは、人として自立すること。その前提としての自己理解/他者理解、自己尊重/他者尊重。
自分を100%理解しようということではありませんよ。自分を理解するということがどういうことなのか、どういう意味を持つのか、ということを知ろうということ。そしてその延長としての他者理解(決して他者理解が先ではない)。
自己を理解するということと同時に大切なのが、そうした自分を尊重するということ(そしてその延長としての他者尊重)。
自分を尊重しようとするから、自己理解も深まるし、自己理解が深まるから自己尊重も本質的なものになります。
そうした自己を働くという中で、そして生きるという中でどう表現していくのか・・・それがキャリアを考えるということなのでは?

そんなことを理屈ではなく、体験的に分かっていけるような教科書があればいいのに・・・

2014年11月 7日 (金)

CDW雑感

企業内実施のキャリア開発ワークショップ・CDW2日間コースが終了。
もう何度もCDWのファシリテータを担当しておりますが、今回ご参加の方々も
「この時期に参加できてよかった。これまでのことを自分なりに整理できて、今後どう進むかについて自分なりに確信を持てた」
とか
「これまで、働きがいなんてなかった。仕方なく働いていた。それが今日、自分でワークシートを書いていてこれがあるから働いているんだという要素に気づいた。むしろそのためにもっと頑張っていきたいとまで思うようになった。こんな気持ちになるなんて自分でも驚いている」
といった反応をいただきました。
たった2日間なのですけれど、大きなインパクトのある2日間だったようで、プログラム提供者としてうれしい限りです。

何のために働くのか、それは人それぞれ。
だからこそ、自分は何のために働くのかについては自分で分かっておきたいし
それがわかると、とっても安心できるのです。

キャリア開発/キャリア・カウンセリング―実践・個人と組織の共生を目指して

2011年9月20日 (火)

シンデレラと適職

以前読んだ本で、養老猛さんが谷島一嘉さんとの対談の中で、ハローワークの懸垂幕に「あなたの適職を探します」みたいなことが書いてあって、そんな馬鹿なことがあるか、と憤慨したことを書いていらした。

自分にあった仕事がある。

この言葉は微妙ですねぇ。
仕事を得て、働いてみた結果、この仕事は自分にあっているような気がする、というのはそこそこありそうな気はしますが、この逆、つまり自分にあった仕事というと、かなり難しくなるような。

スーツを買わなきゃと思ってお店にいって、サイズを手がかりに生地の色だとか、デザインだとかを見て、あぁ、これなら良さそうと思って試着する。
ま、こんなところかなぁと思ってすそだけ直してもらって買って帰る。
しばらく着ているとしっくりしてきて、「あそこのお店のスーツは自分にあっているような気がする」みたいなことを思ったりする。

もっと自分にあった物を作ろうとするとオーダーメードということになるわけです。サイズを測って、生地見本を見て、そして全体のシルエット、襟の形、ボタンの数、ポケットの位置と形を決めて‥‥で、そこから作り始めて、何度か試着して、補正をしてできあがり。これはもう自分にぴったり。

自分にあった仕事というとき、前者と後者があると思うんですよ。
ただ、後者はかなり難しい。だって仕事を自分に合わせるんですからね。
「自分のアイデアを活かせる部分を多くしてね」「そうそう勤務時間は8時間少し超えるくらいはいいから」「年収はねぇ、最初は低くてもよいから3年目からは高めで」「社宅は完備」‥‥みたいな。
正直なところ、そんなのあるわけがない!
そう、働く前から自分にあった仕事なんてありませんよ。あっても遭遇するのはかなり低い確率。
多くの人がいっている自分にあった仕事は、働いてみた結果として「自分に合っている(かも)」といっているわけです。

当たり前じゃないか、と思うでしょう? でもねぇ、この当たり前となるはずの前提条件の部分というか、細かい説明部分が、これから仕事に就こうとする人には届いていないように思うんですよ。最初から「自分にあった仕事」を求めているような。

やってみないと分からない、といわれると、何だかすごい無駄なことをしないといけないように思えてしまうのかもしれませんね。自分もそう思うかもしれない。でも着てみて、働いてみないと実際のところは分からないですからね。

ある日やってきた人が靴を差し出すので履いてみると、これがぴったり!! あなたがシンデレラなんですね!! なんてことはなかなかないわけです。
そもそもシンデレラだって、その靴を履いて前夜は踊っていたわけで、ここでうまく踊れていないと、王子様も指名手配、もとい、探そうとはしません。
適職が向こうからやってくるというのは幻想でしょうね。

追記

探してみたらこの対談が載っている本は既に絶版なのですねぇ‥‥

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