内的キャリアにこの一冊!

  • 横山哲夫・今野能志ほか: キャリア開発/キャリア・カウンセリング
    キャリアって何? というところから、キャリア開発の目的、組織でどう展開するか、さらにはキャリア・カウンセリングの進め方まで取り上げたもの。人事、キャリア・カウンセラー必携、お買い得。
  • 小野田 博之: 自分のキャリアを自分で考えるワークブック
    就活前の自己分析や、働き出したあともキャリアの節目でどうぞ。自分のことは自分で知ろう!
  • 横山 哲夫: 個立の時代の人材育成
    人事担当者は必読!

Oli-Oliの記

  • 構造の美~エッフェル塔
    OLI OLI ~ ハワイではHappyという言う意味だとか。 「折々(おりおり)」に掛けてみました(おやじギャグなんだから全く・・・)。 街中、山中・・・・歩いて(食べて)気づいたこと、おもしろかったことを取り上げてみました。
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カテゴリー「内的キャリアとは何か?」の記事

2014年11月 1日 (土)

あんみつか豆かんか・・・

気づいたこと、考えたこと、思いついたことをメモ代わりに記載するBlogということで、いつも言っていることかもしれないけれど書いておく。

打ち合わせで神楽坂の甘味処へ。
ひさしぶりなのであんみつにするか、それとも前から一度食べてみたかった豆かんにするか、季節の商品の栗ババロアにするか・・・かなり悩む。

選択肢が多いほど、しかも魅力的なものが多いほど悩む。
あんみつにするかどうかは、神楽坂ならもう一度くることができるかもしれないので、ま、いいかと決められるけれど、一生事といわれるともっと悩みますな。
仕事もそういうもの。かつては選べなかったから悩むまでもなく。
悩むとしても、この仕事にするかどうか、つまり仕事の中身というよりは、跡を継げという親との葛藤だとかのほうが多かったのではなかろうか。
職業選択の自由万歳! なんだけれど、それによって新たな悩みを抱えたといえるかもしれない。

ここに、一生の仕事だからとか、終身雇用だとか、3年で辞めるなんて・・・とかという「一生事」プレッシャーがかかるとなおのこと悩みますな。

そこに何らかのものさし、価値基準があれば、何とか決めることができる。
後悔することもあるかもしれないけれど、「あの時は精一杯考えたのだから」「納得して決めたんだから」と思えると、仕方がないかと受け入れて、改めて前向きにはなれる。
「もう少しよく考えればよかった」と自分を責めてみたり、「親が言ったからそうしたんだ」と他人を責めてみていては、なかなか前に進めなさそう(その怒りをエネルギーにする人はいるかもしれないけれど・・・特に他責の部分は)。

ここでいうものさし、を、内的キャリアということができようかと思うわけです。
あんみつを選びながら内的キャリアに思いをはせていた・・・と。

結局、注文したのはあんみつ。あんこがおいしかった。寒天も、豆もおいしかった。
あんこと豆が食べたかったのだから、納得。
打ち合わせをした方々は抹茶クリームあんみつ。抹茶アイスがおいしそうだったので次回はそれを食べようかな、と思いつつ、抹茶ババロアと栗ババロアをお持ち帰りしたのでした。

2010年11月25日 (木)

改めて‥内的キャリアって何でしょう?

なんどかこのBlogでもご紹介した、内的キャリアをテーマにしたTwitterですが、無料でBOTを作成してくれるサービスが紹介されていたので、それで1時間に1つずつつぶやいています。

 

そのためには、せっせと登録しておかないといけません。   
今30件ぐらい登録しているので、2日に1度は同じものが配信されてしまいます。   
せめてこの倍はなくては!

 

で、せっせと登録すると今ひとつなのも登録してしまうわけです。え~いとか思いながら。   
でも、改めてみるとそれなりに意味がありそうでもあるんですよね。   
逆に、これはうまいこといえたかもしれないと思うと、前に同じようなものを書いていたりして。

 

当たり前かもしれませんが、このTwitterであげている内的キャリアって、自分が思っているものだから、どうしてもその範囲になってしまうのです。逆に言うと書けば書くほど自分の内的キャリアを再確認することになってしまう。

 

だから、いろんな人と話をしてみるということの重要性を改めて痛感!   
「WORK語り合い」はその意味でもとても良い機会だと思いますね~。   
学生さんだけでなく、大人もWORK語り合い。有効です。   
このWORK語り合いの新しい素材として、価値観カード「はたかち」を作成中ですが、早く作らなくちゃ!   
   
意味があるということを実感できると、俄然やる気が出てくる私。   
これも内的キャリアの手がかり。

2010年11月20日 (土)

外的キャリアと内的キャリアのミスマッチ

あるブログを読んでいて出会ったこの表現
「外的キャリアと内的キャリアのミスマッチ状態」
実際に就いている仕事(外的キャリア)と働くことについて感じている意味、意義(内的キャリア)が一致していない、という意味‥‥なんですよね、きっと。

転職を考えている人に対して、「ちょっと待ってみて!」という話の中でこの表現が出きていました。

違和感、あるなぁ‥‥。
マッチング理論に馴染まないと思うんですよ、内的キャリアという概念は。
たしかに「この仕事に意味が感じられない!」ということはあるでしょう。
しかし、内的キャリアって変わりますよ。しかも人によっては割と簡単に。
だって価値観、本人にとっての意味なんですから。
マッチング理論って、組み合わせるものは基本的に変わらないもの同士ですよね。

それに、内的キャリアが変わらなくても、担当している仕事に対する見方が変わることで、自分なりに意義や意味を見いだせるようになることもありますよ。

むしろ、転職すべきかどうか、というタイミングでいうなら、今の外的キャリと内的キャリアを上手く結びつける、というか自分の内的キャリアを振り返ってみることで、別の意味を見出すことはできないかを考えてみる、ということがあってよいのではないでしょうか?

先日も話題にしたシャイン博士のキャリア・アンカーが、キャリア開発において優れて有用であると思うのは、8つのキャリア・アンカーが内的キャリアを理解するための枠組みだから。
8つのうちのいずれが自分にとって重要かが分かることは、「適職が分かる」というような底の浅いものではありません。
むしろ自分の根っこ(あるいは「軸」「拠り所」、むしろそれこそ「錨」)がはっきりすることで、そうした価値を満たせるように今の仕事(外的キャリア)を再構成したり、取り組み方を変えたりすることもできるようになるから。

例えば「自立/自律」がアンカーなのであれば、どんな外的キャリア(職業、職種、業務‥‥)であれ、自分なりの進め方、ペースづくりができることが重要ということになります。だったら、その点で工夫すれば、100%といわないまでもそれなりに満足感が得られるかもしれない。それが分かるだけで、「何か違うような気がする」という曖昧な状況から、取り組むべき課題(この場合はどうやって自分なりにやり方を変えたりできるように環境や仕事の内容を変えていけるか)がはっきりした状況へと変化させることができます。

極論をいえばどんな仕事にもシャイン博士のいう8つのアンカーを満たすような要素はあると思います(多寡はあるでしょうけれど)。自分の内的キャリアが分かれば、自分なりの方法で仕事を楽しめるようになると思うのですよ。

だから、マッチングという考え方が成り立たない・・・。

2010年11月19日 (金)

内的キャリアをつぶやくBOTをつくりました。

Twitterを使ってはいるんですが、なかなかつぶやく暇がなく・・。
それで、というわけではないのですが、内的キャリアについてつぶやくBOTをつくりました。
お試し下さい。 Follow Me!!

2010年11月18日 (木)

ひどい誤解なので敢えて修正! 日経ビジネスオンラインの記事について

日経BPが運営している「日経ビジネスオンライン」。
面白い記事が多いのでメールニュースもとっています。無料でこんなに楽しんで良いのかしら、と思うほど。なので、良い記事があればついったでつぶやいてみたりしております。
ただ読むだけでは申し訳ないし、できればほかの皆さんにも読んでもらいたいから。

でも、中にはとんでもないものもあります。
ま、それぞれの執筆者のご意見なので、それはそれで尊重して、「そうは思わないけれど‥‥」くらいで済ませておくんですけれど、あまりのも今日のはひどいので、敢えて修正しておきたいと考えました。
河合薫さんというかたがお書きになった
一つの”愛”を失った男性の哀切 好きな仕事と好きな人の相似形とは
主張されている点については、それは河合さんのご意見なのでどうのこうのというつもりはありません。
でもね、E.H.シャイン博士のキャリア・アンカーが引用されているんですよ。しかも、引用のされ方が酷い。
「今の仕事はキャリア・アンカーではなかったのか?」
という中身出しがついている時点で、びっくり仰天、いやな予感はしたんです。
「2004年にキャリア・アンカーと職務満足感に関する調査を行った」という河合さんによるとキャリア・アンカーとは「一言で表せば、『自分に合った仕事』」だそうな。

え? シャイン博士が東京講演の際にお話ししていたのは仕事=外的キャリア(External Career)であって、キャリア・アンカーとはその人のキャリア上の価値であり、内的キャリア(Internal Career)に属するものではなかったでしょうか?
「仕事」というよりは仕事に求める意味、意義であり、それをカテゴライズしたのが8つのアンカーではなかったでしょうか?

さらに河合さん曰く「それは、(1)実際に仕事を経験していく中で次第に明確になる欲求、(2)その過程で見えてくる自分の能力、(3)自分を取り巻く環境、の3つの関係の中から明らかになる。ちなみに、ここでいうキャリアとは、単なる仕事ではなく、働くことを含めた人生の価値観を指す」。う~ん、「ここでいうキャリア」を価値観として捉えているんですか? キャリアそのものを価値観と捉えると概念が輻輳してしまいませんか? 
どうもキャリア=価値観、キャリア・アンカー=その価値観に合致した仕事、と考えていらっしゃるような感じ。

そもそも、ここで河合さんはキャリア・アンカーとして5つしか挙げていない。その後シャイン博士は8つ示していますよね。なぜ、5つの時のを選んでいるでしょうか? また、その解説も「キャリア・ダイナミクス」(5つのキャリア・アンカーについて触れられているシャイン博士の著書)とは何となくはあっているように見えて実は違っているし。

さらに「キャリア・アンカーのように具体的な方向性を明確にするよりも、偶然に身を任せた方が満足のいくキャリア人生を歩めると指摘する研究者もいる」としてクルンボルツ博士を挙げていますが、これも「???」。
そもそもキャリア・アンカーは具体的な方向性を示すものではないです。8種類しかないのに具体的な方向性になるわけないじゃないですか。

先にも記しましたが、主張されている内容についてどうというつもりはないんですよ(異論は大いにありますけどね)。でも引用するならきちんと引用すべきではないかということなんですよ。フリーランスであるとはいいながらも、「研究してきた」と表現し、略歴には「博士(Ph.D.、保健学)・東京大学客員研究員」とも載せていれば、その領域における研究者であり、学術的な裏打ちがあるとと読者は思うでしょう。書いてある「意見」は別として「事実」は正しいものと感じるのではないでしょうか。論文ではないとはいえ、不正確な引用をするのは誠実な態度とはいえないのではないでしょうかねぇ。一個人の個人的な所感を述べるエッセイであるとするならばあたかも研究の結果分かったかのような書き方はやめて欲しいです。

とはいえ、たまたま今回はいつも気にしている領域の話だから気づいただけ。もしかすると河合さん以外にもこんな執筆者が日経ビジネスオンラインにはいらっしゃるのかもしれません。やっぱりマスコミって100%信用してはいけないなぁ、と思うのでありました(これって過度な一般化‥‥。それにしても日経BPの編集の人は事前に読んでいないのかなぁ‥‥)。

2009年10月24日 (土)

まっどさいえんてぃすと の 内的キャリア

マッド・サイエンティスト(と打ったつもりが変換すると「松戸再演テスト」になった‥‥。いや、それがどうしたということでもないんですが)。「フィクション作品に登場する、常軌を逸したところのある科学者のこと」(ウイキで引くと、ちゃんと出てくるのがすごいですなぁ‥‥)ですね。

究極超人R.田中一郎のお父さん(というか開発した人)である成原成行博士もそのマッドサイエンティストな訳ですが、終始「学会へ復讐してやるんだ~」と叫んでいらっしゃる。これはもしかすると自我欲求の現れ? 自我欲求を満たしたいということが成原博士のモティベーションの源、ということなのかもしれません。

どこからがマッド・サイエンティストなのか、その線引きは分かりませんが(すくなくともウイキの定義だと、現実世界にはいないことになりますが)、この方たちの内的キャリア、つまり研究に燃えるその要因というのも、一括りにはいえない、いろいろなものがありそうです。

中には、ただ単に自分の研究を完成させることのみに燃える人もいますよね。例えば20世紀少年に出てくる山根くんとか(キリコさんに負けたくない、というのが原動力だったかもしれないですけどね‥‥)

世界を支配したいという超上昇志向な人(鋼の錬金術師の「お父様」?)もいれば、失った子供を生き返らせたいという人もいるし(天馬博士?)‥‥
マッド・サイエンティストであっても、それをするだけの意味や意義があるということですわなぁ‥‥。

そんなことをCDW(キャリア開発ワークショップ)の最中に考えてたりして‥‥

2009年6月21日 (日)

転機

今日は短大で授業がありました。
本日のテーマはトランジション。
いろんな転機がある中で、それをどう過ごし、次の自分へなっていくのか‥‥。

大きな転機や小さな転機、いろいろな転機が節目になって、
私どもは成長していくんでしょうねぇ。
そうする中で、「自分」→職業的自己同一感みたいなものを得ていくわけです。
その同一感というのは、すっごい自分であるとは限らないわけで、
思いもしないものだったり
えぇ~、こんななの‥‥(-.-) だったりもするわけですね。
でもそうした自分に、納得し、受け入れ
それでもちょっともがいてみたりしながら
仕事人生を過ごしていくんじゃないでしょうか。

職業的自己同一感を得るっていっても、その後変わることはあるわけで、
そうして変わっていく自分とお付き合いしていくんでしょう。
「変わる」というところに、落ちつかなさを感じる方にとっては、
ちょっと大変かもしれませんけど、
変わると思えるから、やっていけている、という側面もあると思うのですよ
(それはもしかすると、環境との関わり方の問題かもしれませんね、MBTI(R)でいうところの)。

いずれにしてもそうした転機において指針となり、またその中で涵養されていくのが内的キャリアではないかと思うわけです。
なので、単に乗り越えたり、やり過ごしたりすればいいもんではないのだと思うのですよ転機は。ちょっとそこで、きちんと立ち止まって考えてみる。ニュートラルゾーンというのはそういうことではないでしょうか?

授業では他の人のトランジション体験を聞かせて頂くと言うことをしてみました。
学生の皆さんは、参考になったでしょうか?
ま、こんなことができるのも、短大といっても社会人コースだからでしょうね。

2007年4月27日 (金)

不正行為と内的キャリア

不正行為・・・といってもここで言う不正行為とは主に組織内でものを指しているわけですが、日経産業新聞の4月23日付22面にある「ビズテク塾 不正リスクを理解する その5」では、

人に言えない問題を背信行為で解決しようとする者が、その行為に何らかの理由付けをして、間違ったことではないと自らを納得させること

である「正当化」を取り上げています。

自らを納得させるとは例えば

「本質的には違法ではない」「自分のせいではない」「会社のため」

といった理由付けをするわけですね。

背信行為を正当化してしまう要素として、同僚や上司など周囲の言動や組織の風土などがあるそうですが、個人の価値観、倫理観も大きな影響を持ちます。

ここに内的キャリアも含まれると思います。内的キャリア、つまりなぜ働くのか、なぜ生きるのかという、「意味」の世界ですね。こうした者が漠然としたままだったら、周囲のプレッシャーや風土、暗黙の了解に流されてしまう可能性は高くなるのではないでしょうか?

ただ、自分の内的キャリア自覚が高ければ不正は起こさないとはいいません。仕事や人生における意味や意義をどこに置くかによっては、不正をものともしないようになるかもしれません。例えば「ともかくリッチな生活をすることが自分にとっては大切なことなんだ!」というような人生観、「そのためにはできる限り業績を上げる必要がある。自分が一番大切なのだから他者を自分のために使うのは当然。誰でもなにがしかの不正はやっているんだから、ばれるのはそいつがへまだから」という労働観を持っていると、どうなるかは明らかです。

だからこそ「共生」という観点が必要になってくるのです。

自分らしく生きるということは大切ですが、他人が自分らしく生きることも尊重することもまた大切にしなければならないことですからね。

人生に意味なんて求めない・・ということを書いている宗教家の方もいらっしゃいますね。どきっとするような一言ですが、それだと一緒に仕事をするのは恐いように思います。

人生に意味を求めるのではなくて、あなたの方が人生から生きている意味を問われているのだ-ロゴ・セラピーのフランクルはこのように言っています。これなら納得なのですけれどもねぇ。

まぁ、先の宗教家の方は人生には意味などないと仰りながら、仏の御心に従って生きるのであるということを書いていらっしゃるので、「仏の御心に従って生きると言うことに意味を見出している」ことになるのではないかと思うのですけれどね。これまでいいことを仰る方なのですが、なんとなくキャッチーなタイトルと内容の本(新書)だったので、がっくり・・・。

2007年3月23日 (金)

○○○なキャリア

ずいぶんと更新が遅れてしまったわけですが・・・それはさておき

プロフェッショナル 仕事の流儀〈5〉 Book プロフェッショナル 仕事の流儀〈5〉

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前にも引用したことのある「プロフェッショナル 仕事の流儀 5」に

ライティングデザイナーの内原智史さんが登場しています。

いろんな照明をデザインなさっているのですが、その仕事もさることながら、「ひかり」を形容することを心がけているそうです。例えばこの日のスタジオの光は「ふくよかなひかり」だそうです。

ひかりといえば明るいとかくらいとか、あとは強弱、そして色が形容するものとして使われることが多いですが、「ふくよか」とは!

そこでひらめいたわけです。

「キャリアにも形容詞を(形容動詞も可!)」

キャリアだって、何だか「成功した」とか「アップ」とか、そんなのばっかりではないですか。

「しなやかなキャリア」とかね。これって、いろいろあっても自分のやりたいことをうまく環境と折りあいを付けながらもやっていっているように見えませんか?

「揺るぎないキャリア」こうなると、もう信念の塊! しなやかというよりも、ブルドーザーかなんかで強行突破しそう。

「したたかなキャリア」これもすごいかも。打たれても、打たれても・・・

「手堅いキャリア」何だか、うまく行きそうなところで手を打っちゃいそうですね

「美しいキャリア」どちらかというと中身よりもスマートさ、みたいなものを追求しそうですね。

「筋の通ったキャリア」おぉ、強かなキャリアに似た雰囲気。ただお弁当箱の歌を思い出してしまいそう・・。

「優しいキャリア」誰に優しいかが、問題だな・・。

「淡いキャリア」い、いいんですか、淡くて・・・

「濃いキャリア」中身ぎっしり!

「ふくよかなキャリア」何だかいろいろなものを含んでそうですね

ね、いろいろあるし、どう生きていきたいか! というのも表していると思いませんか?

これは使えるなぁ、どっかで使ってみよう!!

わたしはねぇ・・「奇骨のあるキャリア」かなぁ・・

もっと考えてみよう

2007年1月30日 (火)

エンプロイアビリティ

employabilityのことですね。ここ数年はやっている言葉でもあります。

employとは「雇用する、雇う」ということで、abiliyとは能力ですから、「雇用する能力」ではないかと思ったりするわけですけれど、「雇用され得る能力」と訳されることが多いですね。so-netなんかの英和辞書を引くと出てこないところを見ると、まだまだ世界標準では一般的ではないんでしょうか? (でも、記憶に間違いなければこの言葉の発信元は米国だったと思うけどなぁ・・、と思ってネット英英辞書を引いても出てこない。ようやく出てきたのは、Wikipediaの英語版だった・・http://en.wikipedia.org/wiki/Employability

さて、過日触れた梅澤正先生の「職業とキャリア」では、このemployabilityは、組織にとっては「(優秀な人材を)雇用する力(魅力)」であり、個人にとっては「(自分を生かせる)仕事に(組織をして)就かせ得る力(能力)」というように説明されています。これがなかなかよいのではないかと思うのですよ。

雇用されうる能力だと、組織が一方的に個人を吟味して、取捨選別しているようにきこえます。しかし実際のところは、その仕事に適した人ということになると、組織が一方的に選べるわけもなく、場合によっては無理を言ってきてもらったり、あるいは辞めてしまうことのないように工夫しなければならないことだってあるのです(これをリテンションといいますね)。

そのようになるための、単に選ばれるというだけでなく、自分の存在を意味づけるようなものがemployabilityではないかと思うわけです。そうなれば「雇用され得る」ではなくて、「組織をして就かせ得る」つまり「組織がそうせずにはいられないような」人材となれるわけです。

そうなるためには、労働市場の中でどんなスキルや知識が求められているのかが分かって、そうしたものを身に付けるというだけでは不十分ですね。むしろそうした誰でも持っているようなものを手当たり次第に身にまとうのではなく、自分らしいものを、自分らしさを増すものを獲得する必要があります。自分に磨きをかけるといいましょうか。

そのためには自分はどうありたいか、自分の持ち味は何かが分かっていなければなりませんね。employabilityを身に付けるためには自分を形作る価値、つまりコアコンピタンスを明らかにしなければいけないともいうことができるでしょう。

これって言い換えれば自分の内的キャリアを明らかにするということでもあります。

内的キャリアの探索とは自分のコアコンピタンスを明らかにすることであり、それがemployabilityにつながるのでしょう。

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