内的キャリアにこの一冊!

  • 横山哲夫・今野能志ほか: キャリア開発/キャリア・カウンセリング
    キャリアって何? というところから、キャリア開発の目的、組織でどう展開するか、さらにはキャリア・カウンセリングの進め方まで取り上げたもの。人事、キャリア・カウンセラー必携、お買い得。
  • 小野田 博之: 自分のキャリアを自分で考えるワークブック
    就活前の自己分析や、働き出したあともキャリアの節目でどうぞ。自分のことは自分で知ろう!
  • 横山 哲夫: 個立の時代の人材育成
    人事担当者は必読!

Oli-Oliの記

  • 構造の美~エッフェル塔
    OLI OLI ~ ハワイではHappyという言う意味だとか。 「折々(おりおり)」に掛けてみました(おやじギャグなんだから全く・・・)。 街中、山中・・・・歩いて(食べて)気づいたこと、おもしろかったことを取り上げてみました。
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カテゴリー「内的キャリアへの手がかり」の記事

2014年11月 5日 (水)

グループワークに特有の効果的要因

1999年の現代のエスプリ「グループ・アプローチ」(野島一彦編)にグループワークの効果的要因がまとめられているのでメモとして。
1)個人アプローチ、グループアプローチに共通の要因


・受容
・支持
・感情転移
・知性化
・カタルシス
・自己理解
・ガイダンス

これとは別に、グループアプローチに特有の要因として

・愛他性
・観察効果
・普遍化
・現実吟味
・希望
・対人関係学習
・相互作用
・グループ凝集性

なかでも「希望」がいいですねぇ。

2013年1月 4日 (金)

分かるということ

分かったような気になることと、分かることの間には大きな差があるということは、おおよそどなたも異論はないのではないかと思います。
分かったような気になっているというのは、ホントのところ、肝心なところを分かっているわけではないというのが前提になっているからです。
しかし、そうしたことも含めてすべてが分からないと分かったような気になってはいけないといわれると、これは無理なことと言えないでしょうか? そもそも分かるべき内容が提示されているのであればよいのですが、伝える側が何を伝えようとしているか分かっていないというケースも少なくはありませんし、伝えようとしたことだけが伝わるとも言えないところもあります(本人は意識していないけれど伝わっているというのもありますから)。伝えるべき内容があらかじめ定まっていれば伝えきるということはできますが、果たしてどれで本当にすべてなのか?という疑問がつきまとったりします。
こんなことまで考えるとどうしても完全に分かるということ自体が難しいということになります。

一方で、全部とまでは言えないけれど、ある程度は「分かった」という実感がないと、分かろうとしている方も疲れてしまうということもあります。達成感が感じられませんから。
さらに、ある程度までは分かったと思えていても、その一方では自分はキチンとは分かってはいないのかもしれないといつまでも思い続けることにもなります。これもストレスフルなことです。

なので、分かる方も分かってもらう方も、ちょっとずつ、しかも完全は無いものと思いつつ、分かる、分かってもらうプロセスを進め続けなければならないということを心しておきたいものだと思います。
もちろん、自分のキャリアについても。

2011年11月15日 (火)

キャリア開発ワークショップ/CDWへのお誘い

JCCが年4回のペースで開催しているキャリア開発ワークショップ/CDW
自分のキャリアを真剣に、集中的に、多角的に、様々な方法で確認し、考える2泊3日のワークショップです。

これまで、そして今、さらにこれからの自分を確認していくわけですから、あまりみたくないものが見えてくる、見えてしまうこともあります。
無意識に避けてきたもの、抑えていたものも目の前に出てくることもあります。
 結婚のこと
 子どものこと
 定年のこと
 親のこと
 同僚に比べると昇進が遅いこと
 あのときなんであんな事したんだろう(しなかったんだろう)
 いろんな事が浮かんできます。

でも、それらは結局は無意識の中なのかどこかはわかりませんが、自分の中に居座っていたものなんですよね。
もしかするとそうしたものが、何らかの場面で邪魔をしていたかもしれません。
たとえばそんなつもりはないんだけれど、自分にないものを持っていたり、自分が困っている部分がうまくいっている人と話をしていると、つい素直にアドバイスをもらったり、意見を受け入れたりすることができなかったり・・・。つい、つっけんどんな、あるいは素っ気ない言い方になってみたり。

目の前に出てきたからといって、それが解決したり、なかったことになったりすることはないんですけれど、とりあえず「あぁ、そこにいたんだよね、あんたは」と認めて、決して晴れやかな気分とまではいかないんですけれど一緒に歩いて行けるようになるような感じはします。まず一歩、落ち着いた気分で先に進んでみようかという気になるようです。
いかがでしょう、キャリア開発ワークショップ。

2011年11月10日 (木)

本、でました・・・・

『本、出ます』と告知だけして、その後の報告がないではないか、というご意見をいただきまして、改めてご報告いたします。
本、でました。

キャリア開発24の扉―組織・仕事・人・心を考える必携ガイド キャリア開発24の扉―組織・仕事・人・心を考える必携ガイド

著者:平 和俊,小倉 泰憲,秋場 隆,吉田 洋,小野田 博之
販売元:生産性出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

長かったんですよ。2004年に「キャリア開発/キャリア・カウンセリング」を出しまして、その年の末に「24図を扉に見立てて、それを巡るツアーのガイドブックみたいな解説書をつくってはどうでしょうね」という話がきっかけになって作り始めましたから。
ガイドブックといっても、実際に作ろうとするとどんな形にすればいいのか、どうすれば役に立つのかということになると、なかなか大変。
またこれを機会に24図の原典を確認したり、転載許可をもらってみたり。そんなことをしている内に途中で図が差し替えられてみたり。
でも、できあがってみると、なかなかのモノではありませんか(自画自賛)。
前著「キャリア開発/キャリア・カウンセリング」で横山さんにもらった「編著者(横山さんのこと)は本編図の管理の関する責任、権限のすべてを日本キャリア・カウンセリング研究会に委譲したことを明らかにしておく。同研究会によるさらなる改善と体系化を期待する」という宿題の「答案その1」にはなったのではないかと思います。

この本、大学のキャリア教育でも使えると思いますよ。
24の図によって、キャリアを考える上での自己理解の手がかかりも得られますし、そもそもキャリアとは何かについても解説されますし、キャリア開発巡る様々な状況の変化を読み解くこともできます。

2011年9月21日 (水)

サッカーでいえば、自分はどのタイプ?‥‥内的キャリアな質問その25

ブログネタ: サッカーでいえば、自分はどのタイプ?参加数

ココログのブログネタに内的キャリアの手がかりがあろうとは・・。

サッカーはメンバーの動きが野球に比較されることが多いです。野球は守備位置が基本的には固定していますし、打撃も打順によって何となく役割が決まっています。また、監督からの指示も逐一出たりします。それに対してサッカーのほうはフィールドに出てしまうと監督からの指示は伝わりづらく自分たちで考えながら勧めなければなりません(この点はサッカーよりもラグビーの方がその傾向は強いと思いますが)。しかも一応役割は決まっていても、ゲームの場面場面ではその役割が固定ではありません。キーパー自身がチラベルト(だっけ?)のようにフリーキックを蹴りに来ることさえあります。臨機応変に、お互いが声をかけながらフィールド上を駆け回っているところが、守備と攻撃がはっきりと分かれている野球以上にビジネスの現場に近いという人もいます。

それでもサッカーにはフォワード(FW)、ミッドフィルダー(MF)、ディフェンス(DF)、キーパー(KP)などの役割が決まっているわけですが、では自分だったらどの役割をとるでしょう? 実際にできるかどうかは別にして、どのような役割を、どんな意味で担当したいと思いますか? サッカーをしたことがない人でも、何となくのイメージでよいから考えてみてください。

その理由の部分に何かのでがかりがあると思いますよ。

「最終的に点を決める」「攻撃するときは先陣を切る」「割と自由に相手のフィールド内を駆け回る」「花形だし」‥‥いろんな理由がFWにはあるでしょう。同じFWを選んだ人でも多分違いますよね。

MFにしても同じ。「FWを支えたい」のか、遠藤選手のように「実はチームの要。司令塔」だからなのか、「攻撃も守備もどちらも顔を出せそう」だからなのか。

「点を入れられなければ負けないのだから、チームを守るDF」でありたいという人もいるでしょう。「セットプレーでびしっと決める」「守備でも攻撃でも貢献できるのはDF。日本代表の吉田を見てごらん」ということもあるかもしれませんね。

守護神GKこそ自分らしいという人もいるかもしれません。チーム全体の動きを見ているのは実はGKだからという理由もあるでしょう。「手を使っていいのはGKだけ。ユニフォームも違いますからね。自分だけ違っているというのがなんかよくない?」というのもありでしょう。

どの役割が好きかということよりも、なぜ好きなのか。話してみることではっきりしてきます。これ、おすすめ。

2011年2月18日 (金)

続・お金のために働く のか?

昨日の続き‥‥
書いていて思いついたものですから。

「お金のために働く」、これをそもそも認めたくない心理が、私には、なくもないです。
これを認めてしまうと、お金のためなら何でもありということを認めてしまうことになるからです。極論をいえば、「儲かるんだったら何やっても、何を売ってもいいだろう?」っていうことになってしまう。
そうした暗い部分が、自分を含めて人間にはないのだ、と断言はできないのですが(すみません、人間がまだできていないので)、それを敢えて自分の価値観を探るためのカードソートの中に入れることが妥当なのでしょうか?

先日書いたように、「お金のため」の源があると話は別だと思うんですよ。
例えば「家族を養うため」とかね。
家族のために儲けるために働いている。
そうすると、製品だとかサービスの向こう側にやっぱりお客さんの家族が見えてくると思うんですよ。とすれば、今やっている仕事から手を抜いたり、やってはいけないことをやったり、入れてはいけないものを入れたりしないのではないでしょうか?
その向こうに見えるから。自分が大切にしたいと思うものを大切にしたいと思っている人が。
「自分が生き残っていくため」というような極限状況にあるときも同様ではないでしょうか? 自分が生き残るためにはこれしかない、と思っても、思うと同時に頭に浮かぶのはでは相手はどうなってもいいのか、ということではないでしょうか?
自分の働く理由がある種の極限に近づけば近づくほど、その仕事の先にある他者の極限状況が眼前に広がってきそうな気がします。
だからすごく悩むと思うんですよ。
それでいいのか?と。
まさに価値観に直面するわけです。

ところが、「お金のため」だけですませてしまうと、緊張感がなくなってしまうというか、真剣みがないというか、現実から離れてしまうような感じがします。
相手の命にまで影響があるようなことをしているにも関わらず、「お金が欲しかった」というだけで、ほかの「お金を調達する手段」と同じであるかのような錯覚に陥ってしまうのではないでしょうか。
それでいいの?

お金のために働くって、そうだよね、あるよね~
そんなのんきな話をキャリア開発に関わる人がしているとすれば、
それって、とっても恐いことのような気がします。
少なくとも私は、そういう人にキャリア相談を持ちかけることには大きなためらいを感じると思いますし、リファーすることはないと思います。

2011年2月17日 (木)

お金のために働く のか?

所属しているNPOのプロジェクトでカードソートのカードを作りました。
「はたかち」といいます。いい出来なんだな、これが。

ところで、この「はたかち」、働く上での価値観をテーマにしているカードで、20種類あります。
先般このカードのワークショップをしたときに参加者の方からいただいたご意見に「お金のために働く」というカードがあっても良いのではないか、というものがありました。
「あまりに現実的かもしれないけれど、これなしでは、きれい事に過ぎないのではないのか?」ということでありました。

なるほど、なるほど。

きれいごとですませようと言うつもりはないんですけどね。
検討の段階で出てこなかったというか、出てきたのかもしれないけれど早々になくなっちゃったんですよねぇ。多分。
記憶にないし‥‥。

では、このカードを入れるかというと、どうなんでしょう。
入れてもいいような気もしなくはないけれど、何か違う。
違和感があってずっと考えていたのですが、ようやくその理由が分かったような気がします。

それは、「お金のために働く」というのは源となる価値観ではなくて、目的論にすぎないからではないかと思うのです。
だって、お金のために働いている、っていったって、そもそもその稼いだお金を使って何かやりたいわけで、例えばおいしいものが食べたいとか、趣味の物を買いたいとか、配偶者や子どもに不自由な思いをさせたくないとか、いい車に乗っていい服着てぶいぶい言わせたいとか、山ほど本を買って読みふけりたいとか、なんとかかんとか。そういう何かがあって、そのためにお金を稼ぎたい、だから働いているのではないでしょうか。
とすれば、「お金のために働く」のではなくて、「家族を幸せにしたいから働く」だったり、「おいしいものを食べて幸せになりたいから働く」だったり、「みんなから認められたいから働く」だったり‥‥ということであって、それぞれ「家族」や「美食」や「認められること」が価値観としてその底流にあるということになります。
自分の価値観を探るためのカードなんですから、そこまで考えてみないと意味がないです。「お金のために働く」、そだよね~、では、まだ不十分。

とはいえ、本当に純粋に「お金のために働く」という人もいるかもしれませんけどね。通帳の残高が増えていくとぞくぞくするとか、目の前に金塊が並んでいるのを観ると笑いが止まらんとか‥‥。なので「お金のために働く」が全く価値を示していないとはいいません。が、そのためのカードを20枚のうちに入れるかというと、他に入れるべきものがあろうかと思うわけです。

なので、多分入れません。「お金のために働く」は。

2011年1月26日 (水)

たこやき・・と内的キャリア

先々週、大阪出張がありました。
大阪に出張に行くと、帰りのご飯はほとんどの場合
たこやき!
Ts3m0097 ちょっと偏ってしまいましたが‥‥
ここのたこ焼きがおいしいんだ、これが。
たこ焼きを嫌になるほど食べてみたい!
と思うけれど、この8つを食べただけでも、かなりの満腹感なんですな。
2パック食べればもう夢が叶ってしまいそう。
なんてはかない夢なんだろう‥‥。

そういえば、以前、なんのために働いているんでしょうかねぇ‥‥というお話をしているとき、
「食べるために働いている」という方がいらして、「なんとストレートな方」と思って詳しく聞いてみました。
すると、生きるためには食糧が‥‥ということではなくて、おいしいものを食べたいからということでした。
しかし半端ではないです。おいしいものは高いので稼がなくちゃということでもないんです。
あるとき、生きているうちにあと何度食事を摂れるか考えたそうです。そうすると、当然、無尽蔵にあるわけではなく、限られています。一度一度のご飯がとても大切に思えたのだそうです。
そうすると毎日の食事が疎かにはできないわけです。ぜいたくをするというのではなく、おいしいものを、身体の喜ぶものを、きちんと摂っていきたいと思ったそうです。
なにせ、健康でなければ十分には食べられませんからね。
ですから、体調にも十分注意はするし、適度な運動もする。
仕事もきちんとやる。だって、食べるにはお金がいりますからね。
たまには高いものを食べるときもあるし。
それに、回数が限られていれば、毎日社員食堂なんてことはできませんからね(タニタさんとこなら別かもしれないけれど)。

体脂肪計タニタの社員食堂 ~500kcalのまんぷく定食~ 体脂肪計タニタの社員食堂 ~500kcalのまんぷく定食~

著者:タニタ
販売元:大和書房
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「食べるために働いている」
これはこれで素晴らしいことだし、そういう内的キャリアもありだなと思った次第です。

2010年11月26日 (金)

近所のスタバに職業体験中の中学生が‥‥

近所にできたショッピングセンターの中にはスターバックスがあります。
なんとうれしい。
お茶をしに行くのがささやかな楽しみだったりするわけです。

このスタバ、最近やたらと「中学生が職業体験中です」なんです。
1校だけでなく数校引き受けているみたいです。
本日行ったときには、机の上を拭いて、その後、店頭でフラペチーノの試飲提供をしていました。どんな感じで配っているのか店内では見えないので、いっそもらいに行ってみようかと思いましたが、そうでなくても昼間っぱらから私服着て(ちなみに私にとって「背広=制服」ですので)、コーヒー飲んでいるおじさんってそれだけでも「なにやってんの? 仕事ないの?」と思われそうなところ、わざわざもらいに行くと怪しいおじさんに格下げされそうなので、ぐっと我慢‥‥。

2日間の職業体験のようですね。
いろんな事を感じるんでしょうね、きっと。
一日中立っていて大変だ~とか、
試飲配って喜んでもらえた~とか、
こうやってつくっているのか~とか、
お店の人はいつもニコニコしているけれど、やってみるとなかなか~とか、
実際に体を動かしてやってみるということで、頭の中で想像する以上にいろいろことを知ることになるんだと思いますよ。職業体験、よろしいじゃないですか。
具体的な職業選択に結びつくかどうかを心配される方もいらっしゃいますが、中学生の段階でそんなこと期待しない方がよいと思いますよ。
まだまだ先の話。
それよりも、働くことを具体的に体験することが重要だと思いますよ。
後は、この体験を授業などを通じて広げていけばよいのですよ。
(それにしてもうちの子の学校はなんで職業体験やらないんだろう‥‥)

本人たちにもメリットはありますが、受け入れるお店の方にもメリットはありますね。
まず働いている人の意識が変わります。
自分やるのと、それを人に説明するのは違いますからね。説明することで、自分のやっている仕事の意味が再確認できたりします。
漫然とやっていたことも、言葉にして見ることで改めて意識化されます。
生徒さんたちが一所懸命に聞いてくれると、自分のやっていることもまんざらではないかも、と思えたりさえします。モチベーションの源(あるいは内的キャリア)を再発見したりすることもあります。

小売業なんかは特にそうなのですけれど、これまで来てくれなかった人がお客さんになってくれる可能性も期待できますね。職業体験にきた生徒さんたちも「スタバって素敵!」と思えば将来のお客さんです(高校、大学生になったらアルバイトしてくれるようになるかもしれませんしね)。また、「どんなところで体験しているのかちょっと見に行こう」とご家族の方が思って、きてくれるとここでまたお客さんが増える可能性が!(うちの奥様曰く「女子中学生だったら、きて欲しくないと思うんじゃないの?」。そうかもしれないけれど、そうとばかりはかぎらないと思うけどなぁ。)

職業体験を受け入れるのって、受け入れ側にとっては大変なですけれど、それはそれで得るところもあります。
むしろいいきっかけと思って活用するという考え方もあるのではないでしょうか。

2010年11月19日 (金)

あの頃も、この頃も 同窓会の打合せにて

昨日、同窓会の打合せがあるというので、幹事でも世話人でもないのですが行って参りました。何せ四半世紀ぶりですから、面白そうではありませんか。

大学の学部の同窓会だったのですが、どちらかというと学校よりも学生会館でほらを、ではなくてラッパ(正確にはバストロンボーンね)を吹いていたり、雑談していることの方が多かったので、同じ研究室の人以外とはあまり会話をしていなくて、今回お会いしてお話しした量は4年間の会話量を上回っているのではないだろうか、というくらいでしたよ。
そういう人たちなんですが、それでも話が合うのは、ちょっと変わった学部にいたからでしょうかねぇ。そんなところに集まってくる人たち何で、何となく同じような関心、価値観を持っていたのではないかと思うわけですよ。全員というわけではないですけどね。

同窓会の打合せなので、「あの人今どこにいるの?」「何しているの?」という内容の会話も多かったのですが、ええぇ?というような仕事をしている人も少なくなく。
そういえば、あのころ自分は何を考えていたんだろうなぁ‥‥
まさかこんな仕事をしているとは、思ってもみませんでしたよ。
こんな仕事が世の中にあるとは知らなかったですしね。
でも、つながっているんだよなぁ、あの4年間に。
そのつながりは、自分にとっての内的キャリアなんですよ。

A君、誘ってくれてありがとう。

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