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2008年5月16日 (金)

「はたらきたい。」~トークイベントに行って参りました

去る5月14日、ほぼ日刊イトイ新聞社、リクルート、日経BP社の共催による「はたらきたい。」トークイベントに参加させていただきました。

壇上には糸井さんのほか、日経BPの渋谷和宏さん、就職ジャーナル編集長の川上直哉さん、リクナビなどで活躍していた人材活性化コンサルタントの前川孝雄さんらがの皆さん(進行の方の名前を忘れてしまった・・・)

さて、内容はきっとほぼ日で紹介されるのだと思いますが、きっと「これから就職しよう」という学生の方を見込んでいらしたのではないかと思うのですが、実際には学生の方は少なくて、どちらかというと社会人の方が多かったような。壇上の皆さんもかったのがもくろみ違いというか、ちょっと「あれ?」という感じだったのではないでしょうか?(話の内容も「就職」と言うよりやたら「転職」になっていましたし・・)

で、率直な感想を申し上げると、少し残念でした。

「はたらきたい。」が前提なので、就職や働くということについて「パターン」や「ルール」にがんじがらめになっている学生さんたちに、そうしたことにとらわれずに、働くことは楽しいんだ、楽しむというところから考えても良いのでは? というような哲学と、その実践のための実学が語られるのかと思っていました。

でも、話の内容は、そうしたパターンやルールが形を変えて示されている「~すべき」という世間の思いこみ、「べき論」に対して、「そうではないべき」という「新たなべき論」を提示しただけに終わったような気がします。つまりべき論を否定するはずが、違うべき論を出しただけというような。

それは最後の方に語られた、「夢を持つべきではない」という話に象徴されます。
「~べき」という意味ではなかったのかもしれませんが、最後の質疑の内容を聞いていて「やっぱり夢を追っちゃ駄目なんだ(追うべきではない)」というニュアンスになっているように感じました。
例えば「好きを仕事にするべき」か、「好きを仕事にせず、それは自分の楽しみにすべき」かという議論があります。これってとっても不毛な議論で、「そんなの、すきにすりゃぁいいじゃん。好きを仕事にした方が楽しければそれでいいし、仕事としてやるのがつらそ
うだったら、割り切ってそれは趣味にすることにして違うことを仕事にすりゃあいいじゃん」というような話になるのかと思っていたんですけどねぇ。だって、「はたらきたい。」の内容って、そういうスタンスじゃありませんでした?

「べき論」はある意味で答えを示しています(世間一般の)。だからそれに乗っかっている人たちは、世間がそういっているのだからそれに乗っかっていても大丈夫(マジョリティである)と安心できるのです。だからべき論がはやるのです。
しかし多くの場合そうしたべき論はいつまでも使えるものではなく、本来はその都度考えなければならないのです。自分で。
だから楽しく働こうとするならば、「自分、これでよいと思っているかい?」と自分で考え、OKを出していくことが大切なのではないかと思います。
学生さんは「どうすればよいのでしょうか?」とよく聞きますが、これも「どうあるべきなんでしょうか?」と聞いているのと同じこと。結局は「べき論」に、違う表現でいうとHow toにとらわれているのです。
それを否定するトークイベントになるかと思っていたんですけど・・・。ちゃんと聞いていなかったでしょうか?

もう一つ残念なのは夢について。

「夢を持つべきではない」みたいな論議がでるなんて・・。

「夢」に含めるイメージがたぶん各人違うのだと思うのですが、矢沢永吉さんだって、夢を追っていた(追っている)のではないでしょうか?そういう生き方は否定されるのでしょうか?
夢を持って、それを実現しようとしても良いではないですか。
むしろ問題は「夢を持つべきだ」「それに向かって着実に進むべきだ」という「べき論」にあるのではないでしょうか?
夢を追いたい人は追えばよいし、今はないんだよなという人は「とりあえず自分に今、夢はないなぁ。でもそれだから駄目というわけではないんだ」と思えていることが大切なのではないでしょうか? 
またそうした人に対して、だから良いとかだから駄目なんだとかいわずに、そうかそうか・・・と見守り、「でね、参考までにいうとね、こんなこともあるよ。夢にもいろいろあるんだよねぇ・・・」ということを伝えるだけでよいのではないでしょうか?

ところで、糸井さんは、特に考えずに、きた球を打ち返しただけ、とおっしゃっていますが、これって本当でしょうか?
来た球をすべて打ち返しましたか?
無意識にでも選んでいませんか。「これは打つ」とか、「これは見送り」とか。
天才といわれる方の中には、一般人ができないことを無意識にできていたりするものです(だから天才なんですけどね。ちなみに常人以上の努力をしてできるようになるのが秀才)。糸井さんには、気がついていないかもしれないですけど、そうしたある種の「選球眼」があったのではないでしょうか
この選球眼が、じつは糸井さんらしさですし、そうした選球眼をほぼ日の読者は信頼していると思います。
来た球を打ち返しただけというのは、正確に言うと、来た球を(無意識に)選んで打ち返した、ということなのではないでしょうか?

とすれば、「来た球を打ち返してきたんだ。それでもいいんだよ」と、簡単に言われても真似はできないわけです(そんなことしたら、きっと学生さん達は打ち返すことだけで疲れ果ててしまいますよきっと)。そう言った後に「でもね、あなた自身の選球眼も必要だよ」というひとことも添える必要があるのではないでしょうか?

それは川上さんにしても同じことです。

渋谷さんだって「これがもしかしたら転機になるかもしれない」と漠然と思って、シナリオ学校に行ったわけですし、前川さんの場合は自分でおっしゃっていたように、「一緒に働く人たちが楽しそうだったから」という選球基準があって打った(就職した)わけでしょ。
結局、自分にとってのストライクゾーンを知っている必要があるんではないでしょうか。
「一緒に働く人のこと」とか「報酬の高さ」とか「安定性」とか。

ただそれは、バッティングセンターに行ってもよいし、いきなり試合に出ても良いけれど、とにかく実際にボールがこなければ、打ってみなければ分からないもんです。
素振りをしているだけでは、ストライクゾーンは分かんないと思います。その意味では、「まずは働いてみたら?」という「はたらきたい。」の趣旨には賛同しています。

最後にあと一つ。教育者に対して「自分の胸に手を当てて正直に教えてほしい」といったような発言がありました。これはその通りなのですが、「夢のない人が夢を持てと教えるのはおかしい」ということとは異なると思います。

これって「自分にできないことを人に教えるな」と言っているようなものです。でも「自分のできることしか教えてはいけない」というのでは教育は成り立ちません。経営学の先生は社長経験者にしかできないということになります。政治をしたことのない政治学者も紛い物、ということになりませんか? 自分の経験だけにとらわれず教えることができるのがプロフェッショナルな教育者です。だからこそ、極論を言うと、自分には夢も希望もなくても夢を持つ大切さを教えられてこそ一流なのではないでしょうか?

むしろ、教育者に、学校の先生の求めたいのは「べき論を教えないこと」「べき論にとらわれてはいないだろうかと考えることを教えること」そして何より「自分で考えることを教えること」だと思います。

さて、今回のトークイベント、どのようにほぼ日や日経ビジネスオンラインで紹介されるのでしょうか? とっても楽しみ。

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