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2007年2月 5日 (月)

働いてみないことには、働き続けないことには

なぜ働くのか?

働くことに何の意味があるのか?

こうした疑問は常について回って、何かうまくいかないことがあったり凹んだりしたときに頭をもたげてきて、悩ましさを一層増しますよね。

これに答えが見つからないが故に、働くことからリタイアしたり、働き出せなかったりすることもあるようです。

働くことの意味・・・・何でこんな辛い目に遭ってまで働かなければならないのか!と思っているときに、この「何で」ということに対する回答があれば何とか続けてやっていけそうですし、だからこそ自分の納得できる回答が欲しくなります。

ところが、残念なことに、働くことの意味なんて、そう簡単には分からないのではないかと、最近とみに思います。働くからこそ分かる。動いてみるからこそ分かると言うこともあるのではないでしょうか?

学校での勉強は「知る」→「やってみる」→「納得」→「もっと知る」という形で進んでいくのですが、そういう方法だけではなく「やってみる」→「その中から何かに気づく」→「気づいたものが何だったか分かる」→「再びやってみる」という流れもあるんですよね(体験学習のプロセスですね)。

ともかくやって見なきゃ・・・。

やってみた結果何も出てこなかったらどうなるの? それって無駄骨? と思うこともあるかもしれませんが、やった結果として何も分からなかったら、「これでは何もわからんのだ」ということが分かったともいえるんではないでしょうか? 何事にも必ず結果がついてくるとは限らないですよ。

それともう一つ、ロゴセラピーのV.フランクルに言わせれば、人生の意味、生きていく意味とは、人が何かに向かって(例えば神?)問いかけるものではなく、むしろ人生から人間に向かって問いかけられているのだそうです。

その問いとは

「この人生で、今、私は何をすることを求められているのか」

「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか」

「その誰かや何かのために、私にできることには、何があるのか」

ということのようです。

これ、人生と言うことだけではなくて、働くということについても同様かもしれませんね。

もしかすると、こうした問いに「わたしは・・・」という答えを見つけるために働いているのかもしれません。

このテーマ、もう少し深めてみなければいけませんね。

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働くということ」カテゴリの記事

コメント

ひつじさんへ。いつもコメントありがとうございます。
人生や神に問うのではなく、自分が問われているのであるというのは、初めて聞いたときはそれこそ「コペルニクス的転回」でした。自分が聞いているつもりが、実は聞かれていて答えなければならなかったと言うことのなのですから。
これはある意味で、人生の主人公は自分であり、どう生きるかというのは自分で決めなければならないのであると言うことを端的に言っているとも言えると思います。
ちょっとしんどい話ですけれど、死んじゃうまでには自分なりに応えられるようにしていきたいと思っています。

フランクルの「夜と霧」は新訳がでていて、一層読みやすくなっています。今読み返しています。

今回もとても興味深く読ませていただきました。
「この人生で、今、私は何をすることを求められているのか」
思わず反応してしまいました。

私は5年ほど前、仕事をしている意味がわからなくなった
時期があります。そのとき感じたのは「私は誰からも必要と
されていない」という想いでした。その後やっとちょっぴり
役に立てそうな「場」を見つけて、今に至っています。

「この人生で、今、私は何をすることを求められているのか」
この言葉に、とても宗教観を感じるのは私だけでしょうか?
私自身はバリバリの無宗教ですが、祖父母がクリスチャンの私は、
大人になってから使命感を意識することが多くなりました。
血なのかな? などと結構素直に従っています。

宗教観を持ちにくい今の日本では、もしかしたら難しい考え方
なのかもしれないなぁ、なんてふと思ってしまいました。
宗教観のあるなしはともかく、「どうありたいのか」を感じることが
普通になって欲しいなぁ、と願うこのごろです。

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