分かりやすい表現には裏がある
ベネッセさんが解説している教育情報サイトにはいろいろな情報があって便利なのですが、直近の記事で興味深いものが。
学習指導要領が変わって,いわゆるゆとり教育の頃に30%削減された学習内容のうち25%くらいが復活するそうです。現在を基準にすると3割以上内容が増えることになるわけですから授業時間数も増えるかというと,そうでもないとか。詳細は記事を見ていただくとして、実際に増えるのは1週間に1時間分くらい。他はどうするかというと「総合的な学習の時間」や「選択教科の時間」が減るのだそうです。この時間をどう使えるかが先生によってばらつきがあったことが、ゆとり教育がうまくいかなかった原因の一つと指摘する声もあるわけですから、少なくなるのはやむを得ないことなのかもしれません。使い方によっては、キャリアを考えるための基本的な力、というか考え方を身につける良い時間だと思うのですが・・。
ところで留意しておかなければならないのは、「ゆとり教育」だとか、逆に今回のように内容が増えたということについて、印象だけで物事を判断してしまわないようにしなければならないということです。最近も、新入社員について「ゆとり世代だから」とか「平成うまれだから」とかといった表現が多用されていました。世代制が全くないとはいいませんが、そうしてざっくり括って分かりやすく提示されたものをそのまま受け取ってしまうことで、受け手である私たちは送り手が削り取ってしまった部分に気づかずにいてしまいます。その削り取られた部分に重要なデータが隠されていることは少なくありません。
送り手は分かりやすくするために、都合のわるい現象、情報を敢えて秘匿してしまいます。それは悪意のあるものもありますが、分かりやすい方がいいだろうという善意のこともあります(むしろ大きなお世話なのですが)。
たとえばゆとり世代は円周率を「3」で習っているといいますが、そういう人は実は本当に少ない模様です。確認したわけではないので、言い切れないのですが。正確に言うと「3」で教え「ても」よい、ということだったので、3.14をそのまま使い続けている学校も多かったようです。
ゆとり世代=円周率が3、とばかりに思い込んで新入社員に「君たちは円周率3だったんでしょ」なんていうと、かえって「この人達は何も分かっていない」とあきれられることになりかねませんね。分かりやすい話、おもしろい話には、伝わっていない部分がある、と思っていた方がよいようです。
